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先週の話。人生初入院、手術記録の後編。まずは前編をご覧ください。
閲覧注意:食事中にご覧になるには適さない内容が含まれています。 病院関係の描写が苦手な方もご注意を。 8月12日(月) ・またうつらうつらしたところで早朝に「再度体を洗ってください」とたたき起こされ、「眠れませんやん」とよろよろ再度バスルームへ。 ・前日の日勤担当だったフィリピン系看護師と再会し、新しいもう一人の担当であるコケイジャンの男性看護助手を紹介された後、担当のドクター(執刀医)は、今日は5件の手術を控えていて私は2番目になるとの事、時間は10時頃だろうと聞かされる。次に起こされるまで仮眠。 ・準備が出来たとの事で、旦那様にめがねを預け、寝ていたベッドごと移動して手術控え室へ。自宅に一旦帰るという旦那様に、植物の水遣りと、つけ置きしていたグリルプレートの洗浄を依頼。 ・点滴を受けながら麻酔科医(男性)、手術担当看護助手(女性)、私に問診した事をPCに入力している何の担当か分からない医療関係者(男性)の3人とベッドに横になったまま話す。副腔鏡手術の予定だが、癒着があった場合は開腹手術になる話を聞かされる。ポタシウム値はまだ低いらしく、手術中に再び生理食塩水と一緒に点滴されるらしい。 ・担当の麻酔科医が人の揚げ足をとって笑いに変えるアメリカのコメディアンみたいなタイプで、面倒な人だなとぼんやりと思う。いくつかの書類に顔を密着させんばかりに近づけてサインした後(私は超がつくほどの近眼)、右腕につけた管から麻酔薬を注射され「効いてる?」「いや、まだ効いてないです」「そうか、じゃもう一回」直後に気絶(意識を無くす)。 胆嚢摘出手術もちろん記憶無し。 ・ベッドに横になったまま回復室で目が覚める。「あなた英語上手ね」と片手で数えるくらいしか聞いたことがないことを言われ、まだ夢か?と思う。ぼんやりした記憶では、どうも起きようとしては止められていた様な。アメリカの手術ドキュメンタリーで、同じ様なシーンがあったが自分も同じ事をしていたらしい。この後、もう一度気絶。 ・次に目を覚ましたのは病室で、時計を見ると午後3時半。手術が長引いたのか?と思ったが、麻酔が効き過ぎて目覚めるのに時間がかかった様子。「まだ効いてないです」の返事はもう少し待ってからにすれば良かったか。 ・物凄く喉が渇く。何か飲みたい。 術後初めての食事は、前日と同様に液状食(旦那様撮影)。 この日のランチ(メニュー写真無し) ・ブイヨン ・グレープジュース2缶 ・カフェインフリーの無糖アイスティー(氷なし) ・ラズベリー味のハワイアンブルー色のゼリー ・よく冷えた水 とても喉が渇いていたのに、殆ど飲めない。前日味が薄く感じたブイヨンはとても濃い味に感じ、元々苦手なグレープジュースは拷問の様に甘く感じる。ゼリーも2口食べておしまい。結局アイスティーだけを時々思い出した様にチビチビ飲む。昨日はあんなに空腹だったんだけどなあ。 ・痛み止めとして生理食塩水とともにモルヒネを点滴。基本的に4時間おきに投与との事。 ・翌日の退院後に備えて錠剤の鎮痛剤(PERCOCET 主成分はオキシコドン)の経口摂取を勧められるが、逆流性食道炎持ちなのですきっ腹に飲むのは怖いと訴え、普段飲んでいる胃酸抑制剤を経口摂取した後、アップルジュースとチキンブロス(具無しのチキンスープ)を一口、ゼリーを少し食べて錠剤を摂取。 ・トイレに行くため、旦那様に支えてもらいながら起床。数歩歩いた後に激しい眩暈と吐き気を感じ、慌ててゴミ箱を取ってもらいマーライオン(vomit)となる。その後少し楽になりトイレを済ませてベッドに戻る。看護師に報告。 ・「肺に酸素を行き渡らせる為、歩くように」と言われ、キャスター(車輪)付きの点滴を下げる棒を支えにして 、旦那様に付き添われながら病室からナースステーション周りをゾンビの様にあるく。 ・新しい担当の看護助手がとても気の利く人で、昼は普通に接してドアもノックするが、夜の寝ている時間帯はノックをせず(前日の担当者は容赦なくノックしていた)、明かりも点けず(前日は毎回灯りが点けられていた)、ドアを半開きにして廊下から届く灯りで血圧(腕が痛いと訴えたら右手に変えてもらった)、心拍数、体温計測、さらには血液採取まで青アザ無く済ませ、「血液を(採取させてくれて)ありがとう」とやさしく話して去っていく。気配りが出来る人って素晴らしい。奥さんはホンデュラス人で、現在妊婦さんとのこと。きっと良いお父さんになるでしょう。 ・数時間毎に看護師から痛みの具合を確認される。少し痛くなってから痛み止めを希望すると、自宅に戻ったらモルヒネは使えないから、痛みが出る前に早めに申請するよう言われる。返事をしながら、こうやって頻繁に摂取するから痛み止めの中毒になる人が増えるのではないかと回らない頭で思う。 8月13日(火) ・前日も泊まり込んでくれた旦那様は、病室から出勤。これまた偶然にも午後に歯科の予約を入れていたので半日で勤務を切り上げ、丁度私の退院時間に合わせて迎えに来れるとの事。 ・この日の日勤担当は再びブラックアメリカンの看護師と、蚊の無く様な小声の看護助手。 ・引き続きひたすら点滴。覚えている限り、5リットルは超えているはず。 ・毎回点滴の際は、他の患者との間違いを防ぐ為に点滴のボトルに張ったシールの内容と照合する必要があり、フルネームと生年月日、アレルギーの有無を聞かれて返事をするのだが、いいかげんに慣れて、聞かれる前に先に言うようになると満面の笑みで「素晴らしい」と褒められる。 ・「今日の朝ごはんから固形食になります」と前夜に言われていたので、食欲は無いが、どんな物が来るのか楽しみにカメラを準備。 朝ごはん到着。蓋を開けてみると いきなり普通食で驚く。アメリカのデニーズの朝ごはんセットみたいだ。 この日の朝ごはんメニュー ・オレンジジュース 2缶 ・スクランブルエッグ(卵2個相当) ・ベーコン(メニューには七面鳥のソーセージの記載 メニュー表はあまりアテにならない様子) ・無塩、バター無しのシンプルなグリッツ ・全粒粉のパン(とても美味しかった) ・バター/アップルジェリー ・低脂肪乳 ・オレンジ 流石に量が多いが、それでもスクランブルエッグ3/4量、ベーコン1枚、グリッツ3口、全粒粉のパン2枚、低脂肪乳までペロリ。アメリカのごはんは、朝ごはんが一番好きだなあといつも思う。 ・食後、執刀医と病室で面会して傷口のチェック。予定通り傷口は4箇所の副腔鏡手術だったそう。傷口には医療用テープが張られ、抜糸不要の溶ける糸を使っており、次は2週間後に再診して何も無ければOKとのこと。 ・補助無く、点滴用の棒を支えにして再び廊下を歩く、会った覚えの無いフィリピン系の看護助手から「昨日より良くなったね」と声をかけてもらう。どこで会ったか思い出せなかったが、手術控え室までベッドを押してくれた人だと退院後に気がつく(めがねを外していたので、顔ではなく話し方で思い出した)。 ・血圧、心拍数チェック、検温、採血。 ・朝ごはんに残していたオレンジを食べながら、副執刀医と面談。退院後の食事面を尋ねてみると、「何を食べても良いですよ。ハンバーガーだって構いません。胸焼けしたら小さめの物でね」と言われ、そんなんで良いんだと衝撃を受ける(日本は確かおかゆから始めるかと)。 ・脈拍が100/分を超えているので心配される。モルヒネとPERCOCETの影響か? ・結局退院許可が出たので、旦那様を待っていると、予期せず昼ごはん到着。え、まだ出してくれるの? 今度は何でしょう。ワクワク ・・・。何だか微妙ですな。 この日のランチメニュー ・ベイクドチキン(という名前の焼きのあまい手羽) ・マッシュドポテトとウスタシャーソース味グレービー(薄味)/ミックスベジタブル ・全粒粉パン/バター ・低脂肪ラズベリーヨーグルト ・カフェインフリーの無糖アイスティー(氷なし) ・角切りカンタロープ(メロン) ・バニラプディング こんなにてんこ盛りで良いのか?と思いつつ、まずはグレービーがかかったマッシュドポテトを一口。 不味い。グレービーは塩味が殆どしないウスタシャーソース味でマッシュドポテトと合っているとは思えない。普通のグレービーにしてください。涙 気を取り直して異様に焼きがあまい手羽をひとくち。 これも、不味い。一応中まで火は通っており、タイムやローズマリー、黒胡椒は使われているが、塩味は無く、塩の小袋の付属も無く、ベイクではなくて、オーブンの温度設定を間違えて短時間弱火で蒸してしまった様な食感。これはあんまりな。 しょうがなく、パン(朝と同じタイプの好みの物)、ヨーグルト、小さなカップのカンタロープ(ひとつは旦那様にお裾分け)、激甘バニラプディング(牛乳で市販のプディングミックスを溶いて混ぜ合わせただけ)を一口、最後にアイスティーを飲んで終了。 うん、ここまで潔く美味しくない方が、心置きなく退院出来るというものである。 退院 ・再診の予約日と時間を決めて退院。旦那様は私を自宅に下ろした後、歯科へ。 ・家のネット環境(電話、ネット、ケーブルテレビ)が全滅している事に気がつく。テレビやネットをしないで寝ていろという事か? ・晩ごはん。私は食欲が無く、水を飲んで終了。旦那様はハリケーン用非常食のカップヌードル。きちんとした食事が出せなくて申し訳なく思う。 ・普段使っているグラスが重くて傷口に響くので、ハリケーン用に準備していた発泡スチロール剤にカップを使用。普段から細やかな気遣いが出来る旦那様だが、ますます面倒見が良くなっている。ヨロヨロする私を励ましながら介護。老老介護の未来予想図が見えた気がする。 ・シャワー使用後、就寝 8月13日~14日(水)深夜 我が家のバトラー兼私専用看護助手になった旦那様から4時間毎に起こされ、無糖調整豆乳、水と一緒に鎮痛剤を経口摂取。 8月14日(水) ・旦那様出勤 ・起床後、すきっ腹に鎮痛剤を飲んでソファーへ。胃が急激に熱くなる様な感覚がした後に座ったまま気絶。 ・4時間後に起床。これはまずいと判断し、以降この鎮痛剤(PERCOCET)を摂取する事はストップし、タイレノールに切り替える。 ・ネット環境は引き続き全滅。 ・食欲不振。気持ち悪くてシリアルですら食べられず。 土曜日に購入したゼリーの素でゼリーを作り、カフェインフリーのアイスティーも準備。うーむ、スポーツドリンクに続き、ゼリーの素まで事前準備する予知能力。違 ・水分を取ると、マーライオンの繰り返し。吐き気止め(ONDANSETRON)を飲むが効果なし。 少し動けるようになったところで、冷蔵庫の残り物(冷ごはん、ローストチキン、キャロットスティック、葱、卵、焼肉のタレ)を使って、旦那様に晩ごはんを作る。 ・旦那様帰宅。晩ごはんを一緒に食べる。私は調整無糖豆乳に数時間浸けたシリアル。 ・食後、ノートPC持参で図書館に連れて行ってもらい、仕事先に状況説明のメールを送る。帰宅後再びマーライオン。ずっとベッドに寝ていたため、首、腕、腰の凝りが酷く、入院していた時より具合が悪い。 ・少ししゃべるだけで息が上がってしまうので、旦那様経由で友人の携帯に退院報告のメッセージを残す。 ・旦那様、再診日の曜日を確認する為にカレンダーを見ると、偶然にも有休を取っていたそうで、喜ぶがその姿が可笑しく少し笑うと激痛が走り、笑いを止める為に指に爪を立てて堪える。 8月15日(木) ・吐き気止まり、動きが大分楽に。鎮痛剤は引き続きタイレノールを使用。摂取間隔を7時間に伸ばす。 ・ゼリー、オートミール状まで柔らかくしたシリアルを食べる。 ・カップヌードルに挑戦するも、一口でギブアップ。ライスマカロニ&きつねうどん用に作っていた薄揚げの煮付け、関西風のうどんだしで和中折衷の昼ごはんを作り完食。 ・時代小説の文庫本を1冊読む ・旦那様用に人参、玉ネギ、インゲン、鶏腿肉のカレーを作る。 ・わき腹の背側にゴルフボール大の痛みがあり、そこに痛みが走ると、ゴルフのキャディさんによる「ファー」の掛け声が出る。 ・ネット、電話、ケーブルTV午後4時に復旧。止まっていた間の分は返金されるとの事。ケーブル会社からの謝罪は一切無し。 8月16日(金) ・朝ドラの「あまちゃん」、入院時の分からをまとめて見る。 ・旦那様が買ってきてくれたヨーグルトをチビチビ食べる。 ・この日よりタイレノールの使用をストップ。 ・咳が出ると、わき腹の背中側に激痛。傷口より痛い。 ・時代小説の文庫本を1冊読む。 ・旦那様帰宅。一緒にDVDを見る(Emperor/終戦のエンペラー) 8月17日(土) ・食欲劇的に復活。手間がかかった物ばかり食べたくて、イライラする。 ・入院費用の請求書到着。殆ど保険でカバー出来たため、出費は37ドル。 ・簡単なメールの返事は出来るが、仕事用の原稿書きに全く頭がついていかず呆然。調べたところ、モルヒネの影響がある様子。副作用は1週間ほどらしいので、原稿書きは諦めて治癒を待つ事にする。鎮痛剤恐るべし。 ・DVDを見る(Olympus has fallen/エンド・オブ・ホワイトハウス) 8月23日(金)←今はココ ・歩く以外の運動はまだ禁じられているが、日常生活ほぼ問題なし。 ・たいした運動は出来ないのに食欲だけしっかり戻っているので、違う意味で心配。 以上。入院~回復記録でした。 えー、という事で、元気になりましたのでどうぞご心配なく。お見舞いメールは不要です。父からの経験談も聞きましたので、経験談メールも不要です。笑 お見舞いの品も一切不要です。 私は医療関係者ではないので、医療や保険に関するご質問にお答えしたり、アドバイスすることは出来ません。その手のご質問はスルーします。今回の事はあくまで記録として残しているので、「アメリカで胆石で入院するとこんな感じなんだ」程度でご覧ください。 次回はまとめて家ごはん7月編です。
by flmizorin
| 2013-08-23 23:07
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